中山道の一里塚
一里塚(いちりづか)の残り方は、街道の性格によって傾向が変わります。 東海道に続いて、山間部を通った中山道を見ていきます。
中山道はどんな街道だったか
江戸(日本橋)と京都(三条大橋)を、内陸の山間部を通って結んだ街道です。
・東海道より距離は長いが、川止め(増水による足止め)が少なく好まれた区間もあったとされる
・木曽路など、山あいの区間が多い
参勤交代で利用した大名も多く、記録がある程度残っているとされています。
一里塚の残り方
山間部を通った区間は、都市化の影響を受けにくかった分、 塚そのものが残っている例が比較的見られるとされています。
・木曽路の一部区間など、塚と木がまとまって残る例がある
・平野部・宿場町付近では、東海道と同様に姿を消した場所もある
「山間部だから残りやすい」と単純に言い切れるわけではなく、 その土地の開発の進み方に左右される部分が大きいとされています。
見に行くときの考え方
中山道は距離が長く、区間ごとに雰囲気が大きく変わります。
木曽路のように旧街道の景観が保たれている区間もあれば、 市街地化が進んだ区間もあるため、 見つけ方を参考に、事前に区間を絞ってから出かけるとよいでしょう。
山間部まで足を延ばす
まとめ
- 中山道は内陸の山間部を通った街道
- 山間部の区間では一里塚が残っている例が比較的見られるとされる
- 区間ごとに景観の差が大きく、事前に絞って計画するのが現実的