一里塚の起点はどこか(日本橋起点説)
五街道の一里塚は、江戸・日本橋を起点に数えられていたとされています。
なぜ日本橋が起点なのか
・日本橋は五街道(東海道・中山道・日光街道・奥州街道・甲州街道)の起点として
整備されたとされる
・そこから一里ごとに塚を置いていく、という数え方が採られたと説明される
「日本橋を0として、そこから一里・二里……」と数えていく仕組みだった、と理解されています。
現在の日本橋にその痕跡はあるか
・現在の日本橋には、五街道の起点であったことを示す記念碑やプレートが設置されているとされる
・当時の一里塚そのものは、都市化により現存していない
起点そのものの痕跡は残っていても、日本橋周辺の一里塚自体は すでに姿を消しているとされています。
すべての街道が日本橋起点だったか
・五街道は日本橋を起点とする、という説明が一般的
・ただし五街道以外の脇往還(わきおうかん)では、
起点の考え方が異なる場合があるとされる
「一里塚=すべて日本橋起点」と単純化せず、 主要な五街道についての説明として理解しておくのが無難です。
まとめ
- 五街道の一里塚は、江戸・日本橋を起点に数えられていたとされています
- 現在の日本橋には起点であったことを示す記念碑が残っているとされます
- 五街道以外の街道では起点の考え方が異なる場合があります